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博物館動物園駅

今回の特集は「京成電鉄・博物館動物園駅」。不思議な存在感を放つこの駅の魅力を探ると共に、ミュージアムとして再生させるべく活動を続ける「上野の杜芸術フォーラム」をご紹介しようと思う。

 上野公園のほぼ中央、国立博物館と上野動物園に挟まれた位置に存在する『博物館動物園駅』をご存知だろうか。京成電鉄の京成上野⇔日暮里間にかつてあった駅である。いや、今でも現存している。ただし、廃駅としてである。ギリシャ神殿を想わせるその意匠から、廃駅となった現在、一見しただけでは何の建物かを理解するのは難しい。情報も無しにこの建築物と向き合った場合、時代、国、用途を初見で分かりえる人はどれほどいるだろうか。それはまるで「2001年宇宙の旅」に出てきたモノリスのように、不思議な存在感を醸し出し、寡黙に佇んでいる。


駅をめぐる逸話の数々
 「博物館動物園駅」(以下…博動駅)の誕生は、昭和8年にまでさかのぼる。ルートの一部が帝室博物館(現・国立博物館)の敷地内を通るため、駅のデザインは御前会議にかけられて決定した。駅舎らしくないデザインなのはその為である。そして、廃駅となった現在においても取り壊されない理由のひとつでもある。ピラミッド型の屋根、パンテオン風のドーム天井、記念碑的な平面形上のその意匠は、半世紀以上経った今でも品格に満ち、一種の芸術作品のようでもある。上野動物園と国立博物館の最寄駅として昭和30年代に乗降客はピークを迎えるが、最大4l両編成しか停まれないというそのホームの短さゆえ、次第に通過駅となり、やがて誕生から64年後の1997年、正式に廃止が決定する。多くのファンに惜しまれつつも、その長い一生に一つの幕を閉じたのだ。

▲在りし日の博動駅。向かって左側に看板が掲げられていた。


▲駅のマスコット的存在であるペンギンの壁画。
 博動駅は、当時からエピソードに事欠かなかった。いくつか挙げてみよう。まず、京成上野駅から0.9キロと短かった。短いのはホームも同じで、4両編成の電車しか止まれないほどであった。結果、先頭車の一番前のドアはホームからはみ出てしまう。日中には1人のみ配置されていた駅員の休憩時間を確保するため、1時間に1本も列車が停車しない時間帯も存在していた。都会の中にある駅として今では考えられないが、切符の自動券売機も無く、駅員がもぎりをしていた。駅構内は全体的に暗いが、線路の下を通っている上りホームと下りホームを結ぶ通路が特に暗く、地下迷宮を思わせるという。そして、構内が全体的にくすんでいた。これは公式文書では確認できなかったが、どうやら戦時中に国鉄の蒸気機関車の防空壕として利用されていたためで、そのときの「すす」で黒く汚れていたのだという。壁の汚れ一つ取っても歴史がその顔を覗かせる。人気マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(=集英社、著者・秋本治)で「幻!?の博物館動物園駅」として取り上げられた。このエピソードに出てくるペンギンの絵は不気味な魅力を放ち、博動駅の魅力の一端を担っていた…。

廃止―そして現在

▲入り口が閉ざされた現在の博動駅。
 
博動駅は、施設の老朽化やホーム有効長が4両分しかない等の理由から、平成9年に営業休止になる。その後しばらくはそのまま放置されていたが、平成16年4月1日をもって正式に廃止となった。しかし、駅の遺構はそのまま残されており、いくつかの蛍光灯も灯っているため、電車内からも暗闇に浮かぶこの駅のホームが今でも確認できる。
 京成上野行きの電車に乗り、日暮里駅を発車した後にトンネルに入り、ずっと進行方向左側を見ていると、今でもちゃんとホームや改札、地下道、地上への階段、出口案内が見え、非常灯も点灯したままである。これは上下線どちらでも確認することができる。
 このように廃駅となってからも、不思議な魅力を放ち続ける『博物館動物園駅』。その存在に魅了されたあるグループがいる。彼らは一つのプロジェクトを持つ。そのプロジェクトとは、「ミュージアム・イン・メトロ」――すなわち、駅を博物館にしようとしているグループなのである。彼らの名を「上野の杜芸術フォーラム」と呼ぶ。

次のページでは、「NPO上野の杜芸術フォーラム」についてお話します。こちらをクリックしてください。

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